LOGIN職場に着き、わたしとジョンは真っ先に店長に挨拶を済ませた。
「君たちが本社からの腕利き社員か。ここの店長の川端(かわばた)です」「本日からお世話になるジョン・テイラーと申します。こっちが部下の……」
「加藤麻菜です。今日からよろしくお願いします」
ジョンに引き続き、ペコリと頭を下げ店長を見上げた。店長は30代後半の体格のいい男性だった。
「いやぁ、君たちには色々と期待しているよ。ウチの社員たちをビシバシ教育してほしい」 店長の驚くほどの、わたしたちへの期待。ジョンへは期待を大いに持っていただいても構わないんだけど、わたしへは……
「店長、申し訳ないのですが。この加藤は向こうで製作担当でしたので、接客業では全くと言っていいほどの素人なんです」 そう……わたしは実は接客業というものをしたことがなくて。
ここの助っ人として選ばれた理由は、わたしの服に対する思いや、仕事への熱心さを買われただけなんだ。
「そうか……。じゃあ、こっちで加藤の教育係を一人つけるとしよう」「ありがとうございます。加藤は洋服に対する情熱は人一倍ありますから、役に立てるとは思います」
「そうかそうか。それは加藤にも期待大だなぁ」
いやいや、店長さん。わたしに期待されてもお役にたてるかどうか……
それにジョンもわたしを持ち上げすぎだし。
「じゃあ、今から顔合わせということで。社員たちに紹介するとしよう」 店長に集められ、開店前の店内にズラリと並んだ社員たち。この人たちがこれから一緒に仕事をしていく仲間なんだ。
「アメリカ本社から助っ人としてやって来たジョンと加藤だ」 店長から紹介を預かると、パチパチと歓迎の拍手が聞こえてきた。まずはジョンから、にこやかに王子様スマイルを炸裂させていた。
「本社からやって来たジョン・テイラーです。よろしくお願いします」 あ……やられたな、このスマイルに。きゃー、と黄色い声を上げている女子社員もいれば、目をハートにして輝かせている者もいる。
本当、罪作りな男なんだから……
「……加藤、挨拶!」「あっ、えっと……同じく本社から来た加藤麻菜です。よろしくお願いします」
いけない、いけない。ボーっとしてて自分の挨拶をすっかり忘れてた。
ん……?なんだかさっきからずっと見られているような気がするんだけど……気のせい?
「あの、わたしの顔に何か付いてます?」 挨拶してからというもの、男性社員の視線が痛くて、すごくケンカ腰に返してしまった。そんなわたしの態度に驚きを隠せない様子の人たち。
「あはは……すみませんねぇ。加藤は元から気が強くて……」 気まずくなった雰囲気を取り作ろうようにジョンが頭を下げながら言う。男性社員は苦笑いを浮かべるだけだし、女性社員は部下思いの上司だとますますジョンに熱い視線を送っていた。
そんな中、一人だけ違う雰囲気の女性がいた。他の女性たちとは違い、ジョンにうっとりした視線を送ることはしない美人社員。
同性のわたしから見ても、振り返ってしまうほどの美しさだった。
「あれ……そういえば、一人足りないような気がするが……」 店長が何かに気付いたように、ボソッと呟いた。一人足りない……ってことはもしかして遅刻……?
「やっぱりまさかね。
「店長、またじゃないですか?」「みたいだな。またアイツは遅刻か。はぁ……」
またってことはその人は遅刻の常習犯!?それに仲森っていう名前……
わたしの知っている仲森さんと人物像が一致しすぎている。
もしかして、もしかして、と思っているうちに運命の瞬間がやって来た。 「すみません!寝坊しました!!」 この声を聞いた瞬間、心臓がドクンッと大きく跳ねた。 嘘……嘘だ……誰か嘘だと言って……
「仲森、また寝坊か?お前は社会人としての自覚が足りないんじゃないのか?しかもお前は副店長なんだ」「すみません」
お願い……こっちを振り向かないで……これは夢だと言ってほしい……夢なら早く覚めて……
「はぁ……全くお前ってヤツは。もうこの二人の紹介も済ませてしまったじゃないか」「アメリカから来たっていう助っ人二人ですよね?本当すみませ……え?」
終わった……遅刻していた男性がこちらを向いてしまい、視線が絡み合う。
ねぇ、神様。これは許されないことをしてしまったわたしに対する意地悪ですか……?
「麻菜……」「秀ちゃん……」
梅雨も明けた頃。久しぶりに傘を持たずに出勤した時のことだった。「あっ、麻菜じゃん!おはよー!」デパートまであと数十メートルというところで、春菜に会った。1週間くらい顔を合わせていなかっただけなのに、かなり久しぶりのような気がした。「おはよう、春菜」わたしの姿を見るなり駆けて来た春菜は、わたしの隣に並んだ。すると、そこへ。「おはよう、麻菜」わたしの頭をポンポンと優しく叩き、追い抜いて行ったのは……仲森さんだ。隣では彼のそんな行動に驚きを隠せない春菜。「あっ……お、おはようございます。仲森さん……」すぐに先を歩いて行ったしまった彼の背中を見つめながら、小さく呟いた。どうしよう……まだドキドキしてる。頭、触られて、おはようって言われただけなのに。「ちょっと!麻菜!どういうこと!?」「え……?どういうことって?」「今のなに!?仲森さんと寄り戻したの!?」驚いたように、もの凄い形相でわたしに突っかかってくる春菜。寄り戻したって……そんなこと。「あるわけないでしょ。でも……」「何よ?あっちは結構その気だったみたいだけど」「最近いろいろあって……今夜話聞いてくれない?」「まあ、いいわよ。こっちも今のでいろいろ聞きたいことあるし」困った時はいつも親友である春菜に相談していた。大人になってもその関係は変わることなく……今もこうして続いているん
それから幸さんの気が済むまで、愚痴を聞いて。気付いたらもうすぐ日付が変わろうとしていた。「幸さん、大丈夫ですかね?一人で帰っちゃいましたけど」自棄になって、幸さんの顔はかなり赤く染まっていた。あんなにお酒に強いのに、珍しい。「大丈夫だろ、アイツの彼氏にさっき連絡しといたし」帰り際、仲森さんが携帯をいじっているのは知っていたけど。幸さんの彼氏に連絡してたんだ。「なら大丈夫ですよね。幸さん、彼氏さんと仲直りできるといいんですけど」「そーだよなぁ。アイツらには早く仲直りしてもらわないと、愚痴聞かされるこっちの身がもたねーし」こんなこと言ってる仲森さんだけど。また二人が喧嘩した時は、こうして愚痴聞いてあげると思う。だって、彼は本当に優しい人だから。相手の気が済むまで、ずっと付き合ってあげると思うの。「それよりさぁー。はい」「………はい?」何やら手を差し出してくる仲森さん。この手は一体……なに?「久しぶりに手繋いで帰ろう」「え……手、繋いでって……え?」戸惑うわたしを余所に、表情一つ変えずに手を掴んだ彼。触れた瞬間、手にジワリと汗がにじんだ。「な、仲森さん!ちょっ!手、離してくださいって!」「麻菜、久しぶりじゃね?こうして手繋いで帰るの。高校生以来?」わたしの抵抗も敵わず、逆に握る力を強めてきた。「なんか、懐かしいなぁ。麻菜もそう思わない?」わたしも思っていた。まるで昔を思い出させるこのシチュエーション。
それから彼の行動はさらに積極性を増していった。周りも驚くほどに、彼はわたしに関わってくるようになった。「麻菜、今日これから飲み行かない?」仲森さんからの突然のお誘い。これにはわたしも戸惑いを隠せなかった。だって、こんなに直球に誘われることなんて今までなかったから。「あ、あの……今日は幸さんと約束があって」用事がなくても断るつもりでいたけれど、今日はちょうど幸さんとの約束があった。幸さんと飲みに行く約束が。「ふーん。アイツとねぇ。おーい、田畑ー!」すると、突然幸さんの名前を呼んだ仲森さん。「何よ、大声出して」「今日さ、麻菜と飲みに行くんだって?」「そうよー」「じゃあ、俺も行くから」「あっそー。了解ー!」何なんだ、このあっさりした会話は……。幸さんなんて迷うことなくOKしちゃったし。関わらないように努力はしているものの、ここ最近はこうしてその努力はあっさりと砕け散っている。今日の飲み会……どうなっちゃうんだろう。「麻菜ちゃーん!ボーっとしてないで、早く行くわよー!」「あっ、はーい!今行きまーす!」幸さんの呼びかけにハッと我に返って、並んで待つ二人の元へ駆けていった。わたしってこんなに流されやすかったっけって最近嫌になる。またこうして仲森さんの隣を歩くなんて。流されやすすぎよね、わたし。「麻菜って昔から意識飛んでたよなぁ。よくボーっとしてたし」「えっ……そんなことないです……今もたまたま」昔から仲森さんはわたしのことをボ
ねぇ、どうしたらいいの?わたしはこれから彼とどう接したらいい?仲森さんから予想外な告白を受けた次の日。もちろん冷静ではいられなくて、わたしは頭が混乱する中仕事場に向かっていた。『麻菜……好きだ』高校生で彼から初めて告白された時と同じように、真っ直ぐな告白だった。いつでもわたしの心は彼に乱されっぱなし。仲森さんがわたしのことを今でも想っていてくれていたなんて。そんなこと……思ってもみなかった。彼をあんなに傷つけたのに、それなのにって。わたしは……どうするのがいいんだろう。何をするのが一体正解なんだろう。一晩ずっとこのことばかり考えていた。「……どんな顔して会えばいいのよ」それと同時に問題なのが、何故あの時……わたしはすぐに断らなかったのだろうということ。告白の返事を、あの時すぐに出来たはずなのに出来なかった。もう、わたしは彼の隣にいる資格なんてない。だから断るべきだったのに……あの時、隠してきた想いが断るという行為を邪魔したんだ。ずっとダメだダメだと自分に言い聞かせてきたのに。彼からの告白で、それが一気に砕け散ったような気がした。断らないとダメという思いと、素直になってもいいのかなという思い。二つの思いがわたしの心を支配している。それでもわたしは、なるべく彼と関わるのはよそうと心に決めて、会社に足を踏み入れた。「……お、はようございます」運の悪いことにウチの
「もう無理なのか?麻菜……」「え……?」「もう……あの頃みたいに秀ちゃんって呼んではくれない?」仲森さんが、いつもと違う。彼の熱い瞳がわたしを捕えた。思わず足を止めてしまいそうになった。「麻菜の笑顔をもう見ることは許されないのか?」「な、仲森さん?あの……」もう一度顔を歪ませると、彼は再び口を閉ざした。頭をクシャッと掻くと、わたしの一歩前を歩き階段を上り始めた。仲森さんの表情は見えないけれど……何だか、彼の背中が泣いている気がした。「仲森さん……それじゃあ……」仲森さんが口を開かないまま部屋の前に着いてしまい、彼に別れを告げ家の中に入ろうとした時。ドアノブにかけた手を掴まれてしまった。「な、仲森さん!?」さっきとは打って変わって、彼の強く熱い視線がこちらに向けられた。「待って、麻菜。まだ話は終わってない」「あ、え……?あの……」ギュッと力を込めて握られた右手。その拍子にドクンと、大きく胸が高鳴った。「麻菜、俺……昔と一緒だから」「え……?」昔と一緒って……どういうこと?そう思った時には、もうすでに彼に抱きしめられていた。再会してからこうして抱きしめられるのは二度目。こんなことダメだって分かってるのに……
流川さんとのデートの後の初めての出勤の日。この日はちょうど彼も出勤日だったらしく、会社の最寄りの駅で偶然会ってしまった。「おはよう、麻菜ちゃん」「……お、おはようございます」正直言うと、あれから流川さんと会うのに抵抗があった。『君のこと本気になりそう』告白ともとれるこの言葉を聞いてから、わたしはおかしい。今も顔を見ただけなのに、胸が熱くなっている。「そう言えば、今日は一緒じゃないの?」「え?誰のことですか?」「麻菜ちゃんと一緒に来たって言う……ジョンって人」「あぁ……いつも一緒ってわけじゃないですから」流川さんは全く気にしてないみたいだった。わたしばっかり意識して……バカみたい。それから他愛ない話をしながら、二人で並んで出勤した。ちょうどデパートの社員用出入り口のところで、仲森さんに会った。彼もちょうど出勤したところだったのだ。「あ……」お互い顔を見合せたまま固まった。わずか数秒なのに、わたしにとってはかなりの時間に感じた。「麻菜ちゃん?」何も話さずただ仲森さんを見つめていたわたしに、流川さんが声をかけた。仲森さんも流川さんも、まるでお互いなんて見えていないみたいだ。お互いの存在をかたくなに無視している。「麻菜」流川さんに呼ばれ、再び彼の隣へ行こうとすると。真剣な眼差しの仲森さんに呼び止められた。「おはよう」わたしの頭を軽く撫でた仲森さんは、スッとわたしの横を通り過ぎた。